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2007年4月

本当でしょうか & コメント感謝

http://www6.ocn.ne.jp/~pancake/ani01.html

こんな悲惨な状態が本当なら業界内でも話題騒然になるはずなのに初めて聞いたし、ブログ等の他から書き込みができるページではない所をみると「ガセ」確率は高いと思いますが、本当なら今すぐ告発すべきです、20代以下が4人も死んでいるのは尋常じゃありません。

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GL さん からコメントいただきました。

読み応えのある記事でした。

さっそく「お気に入り」登録させて頂きました。

また、遊びに来ます。

ありがとうございます、「読み応えがある」なんて非常にうれしいです(^^)

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kamimura さん からコメントいただきました。

 ときどきうかがって、楽しく拝読いたしております。

>私のような面倒くさがりにはそれが嫌です、ええ嫌ですとも(笑)

 この部分に吹き出しました。とてもとても同感です。
 わたしは努力と勉強がとてもキライです。苦手と言ってもよいです。これがナチュラルにできる人は、「努力できる」という才能があるんだと思います。

そうですね、「努力できる」才能もそうですし「努力を努力と思わない」のも才能なんだと思います。

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toarusheisakuさん からコメントいただきました。

月一くらいで見ています。
最低保証がどうかというはなしですが、もしフリーならまだしも新人アニメーターという事は会社に在籍しているはずです。
会社に所属する人間としては、正社員か契約社員かいう違いはあるにしても、毎月一定の給料がないと社員契約にならない訳で、完全出来高では社員契約できないですから、最低保証という物は都合上必要な物ではないかと思われます。
ウチの会社にも最低保証はありますが、先輩社員は「手の遅いけど巧い奴、伸びる奴を守る意 味で必要」といっていました。
もちろん弊害は出ていますけど

多くのスタジオは金銭的な余裕がないのでその弊害はやっぱり気になります、新人を守らなければならないと思いますが、頑張っていて伸びる可能性の高い新人を守ろうとは思いますが、美少女キャラの顔のアップの原画トレスを20時間かけて一枚描き「俺ものすごく努力している」と思っている新人を守るのは如何なものかと・・・。

新人育成については後日じっくり書かせていただきます。

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びっぐべんさん からコメントいただきました。

僕は業界の人間ではないので細かいところは分かりませんが、アニメアールなんかは有力な作画スタジオじゃないでしょうか。
後一応他にもゲーム制作や、最近は制作部門(制作デスク・進行と言う意味での)、撮影部門も置く様になりましたがマネジメントに近いことをやっているという点ではガイナックスも当てはまるかと。

フリースタジオについては、渡部圭介氏・大塚健氏などが属するスタジオへらくれすという所はコミックマーケットで原画集を売って、そのお金でスタジオ経営しているそうです。

アニメアールは関西の雄ですよね、多くの凄腕アニメーターを輩出したスタジオです。吉田徹さんは今でもアール所属なんでしたっけ?

ガイナックスがマネージメントに近いこともやっていたとは知りませんでした。

「スタジオへらくれす」の渡部圭祐くんは同じ「スタジオZ5」出身の後輩です(笑)人のことを褒めない師匠が「天才」と認めたスーパーアニメーターです、たまには俺の仕事もしてよ>渡部くん(笑)

大塚健さんは「はじめの一歩 間柴vs木村 死刑執行」でご一緒させていただきました。レイアウト返しが遅れたのでカットに「スミマセン」と書いたら「大丈夫です」と返してくれた大変良い人で優秀なアニメーターです。

「スタジオへらくれす」が同人誌を作っている事は知っていましたがその収益をスタジオの運営費に充てているとは知りませんでした。

彼らの同人誌ならスタジオ運営費を大幅に超える収益があるでしょうね。

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普通コメント返しといえば管理人もコメント欄に書くのが定番のようですが、それだとコメントを見るためには「ワンクリック(一手間)」しなければならないのでどうかと思い今回のような本文中に織り交ぜる形をとらせていただいています。

コメント欄に返した方がいいのでしょうか?

お答えいただけたら試しにコメント欄に返信を書きます。

ではでは

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私と「スタジオ」の思い出

私は現在「アニメーションスタジオ あさどや」に所属し代表者となっています、ですが私が発起人になって発足させたわけではありません。(詳しくは次回以降書きます。)

しかし私が発起人になって発足させたスタジオも過去にありました。

「スタジオD-HASH」というスタジオです。「ダッシュ」と読まそうと思っていたのですが結局「ディーハッシュ」と呼んでいました。この記事を書こうと久しぶりに「スタジオD-HASH」の事を思い出しました。また忘れないうちに、この「スタジオD-HASH」の思い出について語り記そうと思います。

1995年までは「スタジオぎゃろっぷ」にいたのですが仕事がなくなってしまったので「ストリートファイターⅡⅤ」という「グループタック」の作品をお手伝いさせていただいていました。

しばらくすると「他社の作品をここでされると困る」とぎゃろっぷ側と言われ他の行き先を模索するようになりました。

そこで漫画家をしていた友人「Aくん」とアニメーターを辞めてフリーターをやっていた友人「Bくん」三人でスタジオを作ろうと持ちかけました。

とんとんと了解を得てスタジオ設立を進める事となりました。

私はかなり舞い上がっていました、何しろいままでの職場は方や厳しすぎ人間関係密、かたや放任で人間関係希薄でしたから「友人と一緒に仕事ができる」いう事が嬉しくてたまりませんでした。

そして部屋探し等準備をしているところに「Aくん」から電話がかかって来ました。

「やっぱり一緒にスタジオを作るのはやめる」との事、

もちろん「Bくん」も「二人だけでは・・・」と言いこの件は白紙になってしまいました。

私の目の前は真っ暗になりました、うかれ過ぎた反動の落ち込み方は半端ではなく一晩中泣き明かしたのを覚えています。

しかし自分の楽観&楽天主義は強引な方向に進んでいきました。

「自分一人でもスタジオを作ろう」

そう決めたのです、一人だけでも大き目の部屋を借りて後からメンバー集めをすればいいじゃないかという結論に達したのです。

今考えるとなんと言う強引、軽薄なのでしょう、しかし今考えるとこれが「若さ」というものなのだと思います。

そんな時知り合いのディーラーさんが「車買わない?」と持ちかけてきました。車があればアニメスタジオが多い練馬まで実家から通えます、今住んでいるアパートを引っ越す感覚でスタジオとする部屋を借りれば出資額はあまり変わらない、「いける」と判断しました。

余談ですが実家に車が無かったわけではないのですが中古で古かったし「ラングレー」という「宮崎勤」が乗っていた車(笑)なので親に出資してもらい購入することにしました。

住居を田無から実家の草加に移し大泉学園の外環自動車道出口付近に部屋を借りて「スタジオDーHASH」はスタートしました。

「HASH」とは高校の部活作っていた同人誌のタイトルです、命名は「部」や「部員」から受けた影響が自分にとって大きい事に対してのオマージュです。

作画机も自作し、なにもかも手づくりのスタートでした。 そのうちに「Bくん」もたまにはやってきて仕事を手伝ってくれる事もありました。
その当時の私は元々の性格がのんびりなので「一年に一人ぐらい増えればいいや」ぐらいの気持ちだったのでしょう。

「ストリートファイターⅡⅤ」の仕事も楽しく「キテレツ大百科」で目標にしていた月産100カットを軽く超えてしまいました、線の多さが格段に多い「ストリートファイターⅡⅤ」の方が数上がるとは正直驚きましたが以前このブログで書いた [ モチベーションと「合う」「合わない」 ~その1.2.3~ ] はここで気づくわけです。

しかし団体に所属しない「フリー」という後ろ盾の無い状態は初めてだったので軽い「ノイローゼ」っぽい状態にもなりましたがその辺のストレスはは私生活(秘密w)で相殺していました。

春の終わりごろにスタートした「フリー」生活もなれた初冬、「ストリートファイターⅡⅤ」の総作監であった「江口摩吏介」氏から電話があり、

「今度『東京ムービー』で『ルパン三世』の劇場をやる事になったので一緒に来ませんか?」

というお誘いがありました、自分が評価されたと舞い上がり「スタジオD-HASH」が空家状態になる事など全く気にせず東京ムービーにはせ参じてしまいました。

この時の「ルパン三世」の劇場が『ルパン三世 DEAD OR ALIVE』です。

そして『ルパン三世 トワイライト☆ジェミニの秘密』と移行していきましたがこのニ作品の思い出は後日語る事にします。

『ルパン三世 トワイライト☆ジェミニの秘密』の放送が終わってもしばらくは東京ムービーの「ルパン分室」に席を置いて仕事をしていまいた。
「D-HASH」は自宅と東京ムービーの中継地点のようなような役割になっていました。

そんなある日「D-HASH」の留守番電話からPHSに転送された電話の内容は

「Bくん」が亡くなった、との知らせでした。

何がなんだかわからないまま現場の群馬に駆けつけたそこには共通の友人やそこで初めて知り合った「Bくん」の彼女がいました。

あまりの突然の出来事に一同泣きはらし途方にくれるばかりでした。

「Bくん」の実家が遠方であった事と季節が夏だったので群馬で荼毘に付した後地元で葬儀となりました。

それが切欠というわけではないのですがそれ以降「D-HASH」に戻って作業するようになりました。仕事中唐突に泣き出す事もしばしばあったので結果的にそれでよかったのかもしれません。

「Bくん」の彼女を元気づけようと電話をしたり家に遊びにマメに行くようになり、なんだかんだで付き合い始めていました(笑)

「一年に一人ぐらい増えればいいや」どころか減ってしまったので「D-HASH」のメンバーを増やそうと画策しました、とある制作が動画から原画に上がろうとしている新人を紹介されて早速招きました。

しかし一週間で逃げ出してしまいました、ちょっときつめに怒っただけなのですが(笑)

ただ逃げるだけなら良いのですがその新人の住所と電話番号を書いたメモを「改ざん」していく念の入り様(笑)

「やはり個人で『スタジオ』は限界があるな・・・」と思いました、しかし自分はどこへ行けばいいだろう?その時思い出したのがその当時「山口晋」氏が代表だった「安里屋(あさどや)」の存在です。

今回はかなり「私的」な内容になってしまいましたが「D-HASH」というスタジオが存在した事を多くの人に知ってもらいたかったので良い機会でした。

それに「Aくん」や「新人くん」の行動を常識はずれに思う方もいるかもしれませんがアニメ業界では当然のごとくよくあることなのです、いわゆる「ダメ人間」それをわかってもらうには良い事例だと思います。

次回はコメントにお答えして次々回、今回の続きである「あさどや」について書こうと思います。

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「作画スタジオ」ってなんだ?

私は訳あって作画スタジオ「アニメーションスタジオ あさどや」を主催しています。

正直余り有名ではありません。(笑)

そもそも「作画スタジオ」とは何かわからない方も多いと思いますので今回書かせていただきます。

私がまだこの業界に入る前金田さんの人気と共に話題になっていたのが「スタジオNo.1」と「スタジオZ5」そして「ビィーボォ」「スタジオライブ」でした、この4つは「作画スタジオ」です。

どちらとも「仕上げ」「背景」「撮影」を置かない、もしくは少ない「作画中心」のスタジオですが前二つと後二つの違いは「フリーの集まり」か「会社」かの違いです。

昨今は「フリーの集まり」=「作画スタジオ」という認識で固まりつつあると思います。

会社と言えば社長や経理が居て社員達に報酬として「給料」を払い福利厚生を保証する形態です。(実際の事は棚に上げます(笑))

「フリー」というと「個人事業者」という事になります、(※1)

「個人事業者」は金銭面、社会保障面で不利ですが「自由度」が高いです、この形態を維持する人たちはこの点を重視していると思われます。「個人」ですから自宅で作業してもいいし、極端な事を言えば旅先で作業しても連絡が確実に取れて期日に間に合わせれば何の問題もありません。

リスクが気にならない人間にとって「フリー」は「万年夏休み」みたいな物です。しかし言い方を変えれば「締め切り=8月31日」であり一年に何回も「8月31日」が訪れる嬉しくない一面もあります。(笑)

だからと言って「フリー」は皆自宅でやっているわけではありません、仕事を請けた制作会社に机を借りたりもします。

ただ、そこで問題になってくるのが「机を借りた制作会社の『以外』仕事をどこでやるか」です。(※2)

自宅で作業すると誘惑が多くはかどらないという人が多くいます、そういった人たちが集まって作ったスタジオが

「フリーの集まり」となるわけです。(以下「フリースタジオ」と略します)

「スタジオNo.1」は(後年「スタジオのんまると」と名前と改名)山下さんや越智さんを加えて以降、新人は採らない方針だったようです。

その反対に「スタジオZ5」は毎年新人を採っていました、「フリースタジオ」が新人を採るのはリスキーですが結果、私のような者を生み出していただいた事に感謝しています。

それに実は「会社」といいつつ賃金形態だけは「フリースタジオ」という所が沢山あります。今年新人となって各会社に入られた方々、要チェックです。

「ビィーボォ」はかなり前になくなってしまいましたが「スタジオライブ」は今でも健在で有能なアニメーターを輩出し続けています。私が目指している「アニメーターマネージメントシステム」に近い形がとられている会社です。

「フリースタジオ」にも問題点はあります、「家族的」「友人」のようになってしまって緊張感が希薄になる事です。

が、そこがよくてスタジオに居続ける人もいるので問題視するのもどうかと思いますが仕事である以上適度な緊張感と礼節は欠かせないと思います。頑張りましょう(←業務連絡)

もう一つの問題点が「家賃」です。

現在稼動中の「フリースタジオ」はクリアーしている事ですが、数名で部屋を借りるわけですから敷金礼金、誰が借主になるかの問題も派生しますし仕事部屋として「貸し出してくれるか?」という問題に直面して「フリースタジオ」設立を断念した方も多いかと思います。

そして晴れて設立した後も「月々の家賃」の「振り分け方」が問題になると思います。

キャリア、経済観念、収入、家庭事情が違う人達が集まるわけですからこれも難しいです。(それらが一致したから「フリースタジオ」を設立したという方もいるかもですが・・・)

「スタジオZ5」では代表の亀垣、本橋が3万、他のメンバーが2万弱、新人が1万ぐらいでした。

我が「あさどや」ではほぼ均等3万弱ですが練馬、杉並に在中する「フリースタジオ」では平均的な額だと思います。

「三万弱は高い!」と思われる方々もいらっしゃるでしょうが「自由度」の虜になった者たちには許容の範囲なのです。それが負担にならない収入も確保していますしね。

実際引越しをした後の「スタジオZ5」は各自の負担分が5千円以上上がったような記憶がありますし、引越し先が広くてきれいな所だったので遊びに来た越智さんが「俺なら月5万出してもいいなぁ」とおっしゃっていたのを覚えています。

私が知っている「フリースタジオ」だけでも10件以上(現在は無くなったかもしれない物も含みます)あります。

「私の所も『フリースタジオ』です」方がいらっしゃったら運営方法など意見交換をしたいのでコメントいただけると幸いです。

mixiの「アニメ屋」コミュにトピック立てようかな・・・

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(※1)「個人事業者」(または「個人事業主」)の問題点。

「個人事業者」は社会的保証を受けるには各自で足を運ばなくてはいけません。

上気したようにいきなり「個人事業者」になるアニメーターもいるのですから専門学校や大学は卒業時そういったことをちゃんと教えるべきだと思います。

以前も書いたように、所得税は入金日に天引きされますが年金、保険料、住民税は後から請求され、年金は加えて国民年金基金に入らないと会社員の給付率に届きませんし退職金など全くありません。ボーナスも有給休暇も雇用保険も労災保険もありません。

それらがあるぐらいに貯金をしたり保険に加入したら大変な額です、アニメーターの賃金が安いと訴えかけている人たちはこの点を重んじての事なら納得いきます。

年間1000万の請求書を書いてやっと年収330万のサラリーマンと同等ですからね。

ですが私たち「『自由度』の虜」は(笑)1000万の請求書を書いた時点で舞い上がってしまうので注意が必要です(笑)

(※2)「他の仕事はしなければいいじゃないか」という意見について

ぶっちゃけ新人以外で一社のみの仕事、さらに手空き無しという状態のアニメーターは5%にも満たないと思います。

理由は「一社のみの仕事だと飽きてしまう」というのと「一社からのギャラじゃ足らない」という事、そして「手空きがもったいない」と感じる人が多いからです。

でも実はこの点に関して言えば「制作のやりくり」で何とかなるものなです。

優良アニメーターに逃げられたくない制作は「やりくり上手」になりましょう。

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  • toarusheisaku さん
  • GL さん
  • kamimura さん

せっかくコメントを頂いたのにお答えできなくてすみません。

次回には必ず・・・

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