« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »

2007年5月

やっぱり本文でお答えします(笑)

他に見習ってコメントが付いたらコメント欄に返してみましたがやはり性に合いません、また本文中でお答えすることにしました。

**************************

 まさと さんからコメント頂きました、ありがとうございます。

初めまして。いつものぞかせていただいています。
 アニメーターになるには年齢制限はありますか? 25歳が限界なのでしょうか。

アニメーターに年齢制限はありません、親さえ良ければ15歳からなってもいいし一般企業を退職した65歳の団塊の世代でもかまいません、後者は物覚えの点で厳しいでしょうが(笑)

**************************

 カズユキ さんからコメント頂きました、ありがとうございます。

はじめまして。コメントはしていませんでしたが、いつも記事を拝見しております。
新人を一から教えるとなると、会社ではやっぱり限界があると思います。絵を塊りと捉える目を持っていないと辛いですからね。やはり何処かで一度、絵くらい は勉強が必要だと思います。昔は国際アニメーション研究所という、優秀な専門学校があったんですけどね。実は自分も、そこの出身で、教員として新人を教え る側にいました。
本番動画も「養成機関行き」というヌルイ仕事ではなく、「板野サーカス」が動画始めて数ヶ月の人間に回ってくるほど、ハード ( ? ) な研修でした。
そこまで超実戦的なことをしろとは言いませんが、大事にしすぎも問題だとは思います。

>毎年10人弱入れて2,3年後にはほとんど残らない

確かに、昔からそうでしたが、今の人達が自分たちの頃から比べると、考え方が違うというか、人種が違うというか。何処へ行ってもすぐ辞める人が多い。こういう人達を、はたして会社が引っ張って行けるのか、疑問ですね。

国がニート対策に乗り出しましたが、働く気のない人間を、どうやって 「更生」させていくのでしょうか。アニメも然りだと思います。

私は冗談抜きで12歳から仕込めないものかと思っています、12歳から15歳と言う期間の吸収力はものすごいらしいからです。

ですから何とかアニメ作りを「部活動」として定着させられないものかと思案中です。

>昔は国際アニメーション研究所という、優秀な専門学校があった

国際アニメーション研究所という名前は聞いたことがありますがそんなに優秀な養成機関だったのですか?知りませんでした・・・。

>大事にしすぎも問題だとは思います。

それは分かります、ですから自分の出した養成機関案は「アニメーション作りとはどういう作業か」という説明と実益を兼ね備えた場です、そこを卒業したら各制作会社に送り込むと言う構想です。

>何処へ行ってもすぐ辞める人が多い。こういう人達を、はたして会社が引っ張って行けるのか、疑問ですね。

それは各会社や職場が作業に従事しているからだと思います。

自分がイメージする養成機関は大学の講堂のような場所で作業してもらい新人10名に対し講師(指導者)2,3名を付け上がりをチェック指導してもらうと言う形です。

一つの講堂内に3.4グループ存在するわけで他のグループと競い合う意識を誘発させようと言うもくろみの元、発案しました。

それでオールOKになるはずは無いと思っていますし思いもしない問題が上がってくるのだろうと思います。

カズユキさんはもう新人教育はリタイヤなされたのですか?国際アニメーション研究所の経験を生かさないのはもったいないような気がしますが・・・。

**************************

 画好き さんからコメント頂きました、ありがとうございます。

はじめて書き込みさせて頂きます。よろしくお願いします。

徘徊していてこちらに辿り着いたんですが、
「沢山やってきて第二スタジオをつくらなければぐらいになれば〜」という様な事を書かれていますが、これは「経験者が来て」という事なんでしょうか?まったくの新人達だらけでそこまではさすがに面倒見切れません!という事だと考えていいのでしょうか?
というのも、「育てる、育たない」の項では、会社の大小関係なく、新人の募集はそれほどやってないみたいな事も書かれていたものですから・・・。
つまりやっぱり、「余程の画力がそもそもある人」でない限り、新人育成に時間は割けないのが現状と。
実際、教えてくださる方も実作業中に(新人達からの)色々質問攻めにあったりするわけですよね?なかなか難しいのでは?と思いますが・・・。

すいません。いきなり通りすがりでこんな質問をしてしまって。

順にお答えします、

>これは「経験者が来て」という事なんでしょうか?まったくの新人達だらけでそこまではさすがに面倒見切れません!という事だと考えていいのでしょうか?

全く応募がないのも困りますし、応募があっても6人以上新人では困ります。同じ困るなら多い方が良いという意味です、嬉しい悲鳴を上げたいです。

今の所質問が2件、応募1・・・
0で無かったのがせめてもの救いです。

>というのも、「育てる、育たない」の項では、会社の大小関係なく、新人の募集はそれほどやってないみたいな事も書かれていたものですから・・・。

我々5人でも2、3人は新人を受け入れようという覚悟を決めたのだから100人いる会社は80人ぐらい採れという「皮肉」です(^_^;)

>つまりやっぱり、「余程の画力がそもそもある人」でない限り、新人育成に時間は割けないのが現状と。

いや、教える人と教えられる人、各自の意識の問題だと思います。

>実際、教えてくださる方も実作業中に(新人達からの)色々質問攻めにあったりするわけですよね?なかなか難しいのでは?と思います

それはお互いのコミュニケーション能力いかんだと思います。明らかに忙しそうにしている人に見てもらう時は細かに様子を伺い比較的余裕のありそうな 時に見せるとか、見る側も忙しいからと言って「後で!」と突き放さないで「何分後ならいい」とか「区切りがついたらこっちからいく」など「当たり前」の気 遣いが現場には不足しています。

>すいません。いきなり通りすがりでこんな質問をしてしまって。

いえ、どんなコメントでもじゃんじゃん下さい。にぎわっている感があれば応募も増えるかもしれないし(笑)

**************************

行間がおかしかったのはテンプレート(犬のイラスト)のせいだったのでまた変えました、短命なテンプレートでした・・・(涙)

最近はミクシィの「アニメ屋」コミニュティへの書き込みが多くなってこちらがおろそかになってました、私にとってブログが「本道」なので頑張ります!
これからも皆様の応援を宜しくお願いいたします

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

育てる、育たない

各社新人育成にどのように取り組んでいるか調べてみました。主に劇場作品を作っているスタジオ中心になってます。

  • 東映アニメーション : 独自の養成機関「東映アニメーション研究所」を持ちそこら新人を採用すると思われます。10年前に聞いた話ですがアニメーターでもちゃんと社員にしてくれて福利厚生がちゃんとしているようです。その分単価が激安でしたが(笑)
  • サンライズ : スタジオライブに丸投げ(笑)新時代の丸投げの形を垣間見てある意味目からうろこが落ちました。
  • スタジオジブリ : スタジオ内で「社員」として養成していたはず、オフィシャルHPに詳細が見つけられませんでした。
  • マッドハウス : 自分が出入りしている会社なので現場の人間に聞いた話ですが、毎年10人弱入れて2,3年後にはほとんど残らないというのが現状らしいです。これ、実は「業界標準」なのだと感じています。
  • プロダクションIG : 「当社では創業以来、毎年クリエイター10~15人と新たに契約しており、実務経験の中で、段階をおった育成を進めています。」だそうです(笑)
  • シンエイ動画 : 「現在募集は行っておりません」とのこと。
  • スタジオぴえろ : 最近現場にいる人間に聞いたのですが結構ちゃんと育てている・・・と、思っていたら・・・
  • ゴンゾ、東京ムービー : 育成機関に出資しているようですが社内で新人は受け入れていなさそう。

これらの大手の新人はある意味「キャリア」です。その分小数しかとっていないはずです、投資をする覚悟で採算除外で採用しているのだと思います。

ぶっちゃけてしまえ ば業界内外に対する「ポーズ」です。「うちは新人育成にも取り組んでいます」というポーズをとればサンライズ、東京ムービーのように養成機関に出資だけして自分の所では面倒見ない会社より体裁がいいですから。

とにもかくにも大手の採用数が少なすぎます、10人中1人残るか残らないかの業界なのに10人しか取らなかったら採らない方が賢いです、体裁も少しはお金になるのでしょうが(笑)

現状のアニメ会社は大小とわず新人を多く受け入れる体制にありません。会社のスペースも足らなくなるし光熱費も馬鹿にならない上有能なアニメーターを指導員として付けてあげないとしっかり育たないからです。
会社側は有能なアニメーターがいたら実作業をさせたいと思います、新人を指導させたら目に見えた実益にならないからです。

アニメーター養成プロジェクトというものがありますが最近やっと「成果発表」 された所を見るとやはり、キャリア育成機関 ? と思いましたが違うらしいという情報が届きました。

私が理想とする養成機関は「専門学校(研究所)」以上「作画スタジオ」未満です。

アニメーター志望を多数(100人以上)集め学費は取らない代わりに「本番動画」を描いてもらいます。

作業時間は基本九時五時でそれに収まる内容の事しか「させない」、というか「しない」。各会社に「養成機関行き」という単純な動画を専用作業分として作ってもらい仕事を切らさないようにする。

カットの紛失、盗難を避けるために屋外への持ち出し一切禁止、出入りも徹底したID管理。月産500枚を三ヶ月続けられたら即卒業。

しかしこれはかなり「夢物語」です、なぜなら学校サイズの建物が必要な上、多くの指導員(講師)が必要になるからです。予算は軽く億を超えるでしょう。

本気で国がアニメーションを支援しようとしているのならそのぐらいの予算は覚悟して欲しいものです。


| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

「アニメーションスタジオ あさどや」について

「アニメーションスタジオ あさどや(安里屋)」は1994年頃発足したスタジオです。

「頃」とあいまいなのは細かい資料が手元に無い事と発起人がもう「安里屋」にいないからです。

発足時の代表は 佐藤卓哉、メンバーは 山口晋、安田好孝、高岡淳一、佐藤真二、嘉村弘之、榎本勝紀(順不同、敬称略)で前身の「虹の涙」を引き継いで作られたと聞きます。( 安蒜晃士 も少しの間だけいたことがあったようです。)

名前の由来は 佐藤卓哉 が「安里屋ユンタ」が好きだったからと聞きます。

私は10年ぐらい前に参加しました。その時にすでに 佐藤卓哉はいなく代表は山口晋でした。 その時私と入れ替わりで 佐藤真二 が出て行ってしまいましたが理由は定かではありません。

メンバーとなって先ず気付いたのは「みんなで同じ仕事をまとめてしないのか?」という事です。

全員で協力しなくても3人ぐらいで共通の作品をやれば少なめの半パートできる、そうすれば10%ぐらい管理費付けてもらえるから得ですと呼びかけ「ぶぶチャチャ」でそれを実行しました。

最初の場所は保谷寄りの南大泉でした、昭和30年代に出来たような平家で人はああいった家をボロ屋と呼ぶのでしょう(笑)

余談ですが「スタジオZ5」も同じような風合いの二階建てでした、その共通点が気に入ってあさどやに所属するのを決めた感があります。

そこで二年ぐらい過ごしましたが私の「もう少し広め部屋を借りてもう少し人を増やしましょう」という立案で東大泉のマンションのひと部屋を借りる事にしました。

その頃それまで「安里屋」の代表だった山口晋が「スタジオトラピゾイド」というスタジオを設立したのでそちらに行く」と言われ「安里屋」を去って行きました。

そして新しい場所の借主となった私が新しい代表となったのです。
一人減りましたが 佐藤真二 が出戻りで加入しプラスマイナス0になりました。

ですがそちらに移って一年ぐらい経った後、私は「マッドハウス」で「陽だまりの樹」のメインスタッフとなったのであさどやに席はおいたままにして出向のような形を取りました。

そしてまた一年経ち「安里屋」に戻って来た時、「ストリートファイター」の頃からお世話になっております はしもとなおと さん から、

「今『マトリックス』という『マッドハウス』の子会社にいる、一緒に来ないか」

という誘いを受けました。

そこで私はひらめき、「安里屋」全員でなら行っても良いと返事をしました。閉鎖的なマンションの一室にいるよりも大勢の人が出入りする制作会社にいたほうが仕事上のプラスになると考えたからです。それに家賃がかからなくなるのも魅力的でした。

そして「虹の涙」に在籍していた 津幡佳明 さんの「スタジオ仕事場」も一緒に来ないかと誘い呼びかけに応じて貰い来て貰いました。

最初は「マトリックス」と同じビルの三階のワンフロアを借りていましたが一年ぐらいのところで近所の横川ビルに移動させられました。

そこで三年ぐらいいたとき「マトリックス」が経営不振に陥りました、それは我々が借りている部屋の家賃が払えないという事です。

そこで「マッドハウス」に新たに借主になってもらえないか相談したところ自社の作品を多めするという条件で承諾されました。

しかしそれを機会に「スタジオ仕事場」は移転してしまいました。

そして「マッドハウス」自体が南阿佐ヶ谷から荻窪に移る事のになり、それに付いていく形となりました。ここで 安田好孝 が脱退します。

それから一年経った頃マッドハウスが作品数が増えより多くのスタッフを迎えなければならないと言う事になり「安里屋」は他所へ移る事にしました。

移転の際「いっそ解散と言う手もありますよ」と呼びかけましたが誰も賛同せず移転となりました。

なら気分転換に名称を変えないかとも言いましたが「安里屋」が良いとメンバー達、ただこのスタジオ名は「読み」がわかりづらく、さらに姓名判断で調べたところ運気が良くなかったので、そこで平仮名表記、さらに「アニメーションスタジオ 」を必須となりました。

この二点から自分が考えていた以上「あさどや」はメンバーに愛されている事がそこで初めてわかりました。

そして運よく石神井公園に部屋が見つかったので移転が決定しましたが 高岡淳一 が脱退する事になりました。

そして現在に至ります。

今回メンバー募集しますが沢山やってきて第二スタジオを作らなければならないぐらいになれば良いと個人的には夢見ております(笑)

新人より経験者の方を家賃を頂くぶん優先しますが、スタジオに常駐している嘉村が新人の面倒を見てもよいという承諾を得たので新人でも実力とやる気のある人は歓迎します。

新人教育の現実が厳しいのは先人たちの話を聞いて知っていますがここは一つ「ドリーマーふくだ」になろうと思います。 ←すみません、今回(2012年)は新人の募集を見送ります。

Mmm

| | コメント (3) | トラックバック (1)
|

« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »