「アニメーションスタジオ あさどや」について
「アニメーションスタジオ あさどや(安里屋)」は1994年頃発足したスタジオです。
「頃」とあいまいなのは細かい資料が手元に無い事と発起人がもう「安里屋」にいないからです。
発足時の代表は 佐藤卓哉、メンバーは 山口晋、安田好孝、高岡淳一、佐藤真二、嘉村弘之、榎本勝紀(順不同、敬称略)で前身の「虹の涙」を引き継いで作られたと聞きます。( 安蒜晃士 も少しの間だけいたことがあったようです。)
名前の由来は 佐藤卓哉 が「安里屋ユンタ」が好きだったからと聞きます。
私は10年ぐらい前に参加しました。その時にすでに 佐藤卓哉はいなく代表は山口晋でした。 その時私と入れ替わりで 佐藤真二 が出て行ってしまいましたが理由は定かではありません。
メンバーとなって先ず気付いたのは「みんなで同じ仕事をまとめてしないのか?」という事です。
全員で協力しなくても3人ぐらいで共通の作品をやれば少なめの半パートできる、そうすれば10%ぐらい管理費付けてもらえるから得ですと呼びかけ「ぶぶチャチャ」でそれを実行しました。
最初の場所は保谷寄りの南大泉でした、昭和30年代に出来たような平家で人はああいった家をボロ屋と呼ぶのでしょう(笑)
余談ですが「スタジオZ5」も同じような風合いの二階建てでした、その共通点が気に入ってあさどやに所属するのを決めた感があります。
そこで二年ぐらい過ごしましたが私の「もう少し広め部屋を借りてもう少し人を増やしましょう」という立案で東大泉のマンションのひと部屋を借りる事にしました。
その頃それまで「安里屋」の代表だった山口晋が「スタジオトラピゾイド」というスタジオを設立したのでそちらに行く」と言われ「安里屋」を去って行きました。
そして新しい場所の借主となった私が新しい代表となったのです。
一人減りましたが 佐藤真二 が出戻りで加入しプラスマイナス0になりました。
ですがそちらに移って一年ぐらい経った後、私は「マッドハウス」で「陽だまりの樹」のメインスタッフとなったのであさどやに席はおいたままにして出向のような形を取りました。
そしてまた一年経ち「安里屋」に戻って来た時、「ストリートファイター」の頃からお世話になっております はしもとなおと さん から、
「今『マトリックス』という『マッドハウス』の子会社にいる、一緒に来ないか」
という誘いを受けました。
そこで私はひらめき、「安里屋」全員でなら行っても良いと返事をしました。閉鎖的なマンションの一室にいるよりも大勢の人が出入りする制作会社にいたほうが仕事上のプラスになると考えたからです。それに家賃がかからなくなるのも魅力的でした。
そして「虹の涙」に在籍していた 津幡佳明 さんの「スタジオ仕事場」も一緒に来ないかと誘い呼びかけに応じて貰い来て貰いました。
最初は「マトリックス」と同じビルの三階のワンフロアを借りていましたが一年ぐらいのところで近所の横川ビルに移動させられました。
そこで三年ぐらいいたとき「マトリックス」が経営不振に陥りました、それは我々が借りている部屋の家賃が払えないという事です。
そこで「マッドハウス」に新たに借主になってもらえないか相談したところ自社の作品を多めするという条件で承諾されました。
しかしそれを機会に「スタジオ仕事場」は移転してしまいました。
そして「マッドハウス」自体が南阿佐ヶ谷から荻窪に移る事のになり、それに付いていく形となりました。ここで 安田好孝 が脱退します。
それから一年経った頃マッドハウスが作品数が増えより多くのスタッフを迎えなければならないと言う事になり「安里屋」は他所へ移る事にしました。
移転の際「いっそ解散と言う手もありますよ」と呼びかけましたが誰も賛同せず移転となりました。
なら気分転換に名称を変えないかとも言いましたが「安里屋」が良いとメンバー達、ただこのスタジオ名は「読み」がわかりづらく、さらに姓名判断で調べたところ運気が良くなかったので、そこで平仮名表記、さらに「アニメーションスタジオ 」を必須となりました。
この二点から自分が考えていた以上「あさどや」はメンバーに愛されている事がそこで初めてわかりました。
そして運よく石神井公園に部屋が見つかったので移転が決定しましたが 高岡淳一 が脱退する事になりました。
そして現在に至ります。
今回メンバー募集しますが沢山やってきて第二スタジオを作らなければならないぐらいになれば良いと個人的には夢見ております(笑)
新人より経験者の方を家賃を頂くぶん優先しますが、スタジオに常駐している嘉村が新人の面倒を見てもよいという承諾を得たので新人でも実力とやる気のある人は歓迎します。
新人教育の現実が厳しいのは先人たちの話を聞いて知っていますがここは一つ「ドリーマーふくだ」になろうと思います。
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コメント
はじめて書き込みさせて頂きます。よろしくお願いします。
徘徊していてこちらに辿り着いたんですが、
「沢山やってきて第二スタジオをつくらなければぐらいになれば〜」という様な事を書かれていますが、これは「経験者が来て」という事なんでしょうか?まったくの新人達だらけでそこまではさすがに面倒見切れません!という事だと考えていいのでしょうか?
というのも、「育てる、育たない」の項では、会社の大小関係なく、新人の募集はそれほどやってないみたいな事も書かれていたものですから・・・。
つまりやっぱり、「余程の画力がそもそもある人」でない限り、新人育成に時間は割けないのが現状と。
実際、教えてくださる方も実作業中に(新人達からの)色々質問攻めにあったりするわけですよね?なかなか難しいのでは?と思いますが・・・。
すいません。いきなり通りすがりでこんな質問をしてしまって。
投稿: 画好き | 2007年5月15日 (火) 18時43分
画好きさん、コメントありがとうございます。
>これは「経験者が来て」という事なんでしょうか?まったくの新人達だらけでそこまではさすがに面倒見切れません!という事だと考えていいのでしょうか?
全く応募がないのも困りますし、応募があっても6人以上新人では困ります。同じ困るなら多い方が良いという意味です、嬉しい悲鳴を上げたいです。
今の所質問が一件、応募0・・・
予想はしていましたが寂しいものです。
>というのも、「育てる、育たない」の項では、会社の大小関係なく、新人の募集はそれほどやってないみたいな事も書かれていたものですから・・・。
我々4人でも2、3人は新人を受け入れようという覚悟を決めたのだから100人いる会社は80人ぐらい採れという「皮肉」です(^_^;)
>つまりやっぱり、「余程の画力がそもそもある人」でない限り、新人育成に時間は割けないのが現状と。
いや、教える人と教えられる人、各自の意識の問題だと思います。
>実際、教えてくださる方も実作業中に(新人達からの)色々質問攻めにあったりするわけですよね?なかなか難しいのでは?と思います
それはお互いのコミュニケーション能力いかんだと思います。明らかに忙しそうにしている人に見てもらう時は細かに様子を伺い比較的余裕のありそうな時に見せるとか、見る側も忙しいからと言って「後で!」と突き放さないで「何分後ならいい」とか「区切りがついたらこっちからいく」など「当たり前」の気遣いが現場には不足しています。
>すいません。いきなり通りすがりでこんな質問をしてしまって。
いえ、どんなコメントでもじゃんじゃん下さい。にぎわっている感があれば応募も増えるかもしれないし(笑)
投稿: ふくだ | 2007年5月16日 (水) 02時29分
なんか引用文、行間がつぶされて非常に読みづらいですね。
来週ぐらいに読みやすく編集したものを本編中にアップしますね。
投稿: ふくだ | 2007年5月16日 (水) 02時40分