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【訃報】 金田伊功さんの思い出 【追悼】

もう、なんといっていいか分からないぐらい悲しいし寂しい、そして悔しいです。

http://www.anido.com/html-j/news2009-j.html

「スタジオZ5にいたのだから金田さんとも交流があったんでしょう」

と、思われる方も多いと思いますが相手は大御大、ド新人ごとき気にかけるはずもなく(笑)というかあの人は分け隔てなくマイペースな方なのでしょっちゅう顔は合わせていたもののお話しする事はその当時はありませんでした。

というかNo,1の皆さんは全員そうでした。

No,1の皆さんはいつも夕飯時になると

「やっくん~(※1)飯にいこう~、カメさん(※2)は~?」と言って私がいた部屋の扉を開けました。

そのつどアニメ誌で見た顔が…越智さんだ!鍋島さんだ!貞光さんだ!・・・ん?誰この人、雑誌で見たことないよ・・・

そう、雑誌での金田さんはサングラスにロンゲだったのに対しその頃のリアル金田さんは短髪で普通のメガネをかけていたんです。

その人が金田さんだと気付くまでしばらくかかりました。

*   *   *   *   *   *   *   *

ずっと忘れていましたが今になって思い出したことが一件。

Z5在籍中一回だけお話しと言うか声をかけられたことがありました。

それは草野球をやることになり即席で「No,1&Z5チーム」を作り「東京ムービーチーム」と対戦した時、試合後の反省会でみんなに今日は良かった悪かった等の「金田評」を告げる際、名前も知らない私に

「君・・・君も・・・良くがんばったよ。」

と言う社交辞令(笑)をいただき勝手に舞い上がった思い出があります。

もう一つだけあるZ5在籍中の思い出は、

「鍋島くんが持ってきた北海道土産のカニ食べよう~」とやってきてみんなに混じって並んで食べた思い出ぐらいです。

*   *   *   *   *   *   *   * 

始めに「その当時は」と注釈を入れたのは私がZ5を辞めてから1,2年後だったか二言三言だけ話したことがあるからです。

それは声優さんたちが行ったデモ行進の時です。

90年代半ばごろ声優さんたちがギャラアップや二次使用権などを勝ち取る為のデモ行進を行ったことがあり、その当時在籍していたスタジオぎゃろっぷにも「アニメーターさんたちもどうぞご一緒に」といった感じのチラシが回ってきました。

「これは!参加しなきゃ!」と思い参加しましたが、そのデモに参加したのはぎゃろっぷからは私だけでした。

参加と言ってもデモ行進の後ろを金魚の糞のようについていっただけですが(笑)

その中に金田さんもいらっしゃったのです。

誰も知り合いのいないポツンとした状況が心細くなり、唯一の知り合いである金田さんにお声をかました。

「今日の参加は金田さんだけですか?ほかのNo,1やZの方々は来ないんですか?」と話しかけたのですが案の定忘れられていて「?」状態の金田さんに経緯を説明したら、

「じゃあたまにはZ5にも遊びに行ったりするの?」と聞かれたものの、

「いやあぁ・・・辞め方があんまりいいもんじゃなかったんで・・・」

というと金田さんはあっけらかんと、

「いいんだよ、気にしないで遊びに行けば~」

と言っていただきました。

その言葉が超嬉しく、その後すぐにZ5に遊びに行きました、なんて短絡的な私(笑)

でもその時は亀垣さんしかいなく、

「あれ、なに?どうしたの~」

と言われ、我に返りました(笑)

*   *   *   *   *   *   *   *

時は経ち、JAniCAの発起人になっていただけたのも凄く嬉しかったし、設立発表記者会見の際は会場にもいらしていただいたのも本当に嬉しかったです。

たまに、「スタジオZ5にいたのだから金田系アクションとか好きなんでしょう」言われますが、私がZ5を選んだ理由は師匠の本橋が描く「美少年キャラ」が好きだったからです。

というかそれらが上手く描けると女の子にモテたから(笑)なんて邪なわたし(^_^;)

それに金田さんの事は世間を騒ぎだすようになってから着目して、

「なんて雑な絵」

と、思った口です。(笑)

こういっちゃ何ですが「適当?手抜き?」と思ったものです。

でもそのアクションは多分にもれず小気味良く感じていました。

MYベストは「超電磁マシーン ボルテスⅤ」のOPです。

そしてその偉大さを実感するのは原画を描くようになってからです。

真似してみようと思っても全く出来ない、才能の違いというものをまざまざと見せ付けられた気分でした。

しかもそれを全く鼻にかけない、驕らない、皆に好かれる人格だったと思います。

さまざまな訃報を聞くたび「良い人ほど早く召される」と思います。

*   *   *   *   *   *   *   *

またウィキではこう評価されています、

元来、金田のスタイルは、日本のテレビアニメーションに要求されている「枚数を少なくする」という条件から生み出された苦肉の策でもあった[要出典]。少ない枚数で動きを出すためのひとつの方策として、動きの中割りを極端に省いたり、広角や魚眼のレンズで見たような視点といったアイデアを積み重ねて確立した。

私の考察ではただ単にいっぱい描くのが面倒だっただけなんじゃないかと思います。

でもいっぱい描く必要なんかないんです。

なぜなら「1コマ、1コマが動いている止め絵」だからです

「少ない枚数でも動き重視」というのはひとつのエポックであり[要出典]、それゆえ、アクション、ロボットアニメ等数多くの作品で彼はその力量を発揮した。

私の持論、「情報の詰まった良い絵をコマ撮りするだけでアニメーションは成立する」という考えは金田さんの原画を見て感じたことです。

そういった意味では私も「金田フォロワー」

若いアニメーターの人達もおぼえて置いてください。

駄目な絵10枚の原画より、生きた絵5枚の原画のほうが優れていると。

*   *   *   *   *   *   *   *

以前書いたブログ伝説のカット

昔は参加した作品の原画は返却するような風習があったのか スタジオZ のアニメーターが参加した作品の原画が「押入れ(笑)」に沢山ありました。

Z5が引っ越す際にそれらを全部捨てるというのでお願いして何点か譲ってもらいました。

金田さんの原画をもらおうと原画の山をあさっていると見たことあるようなカットが・・・

ということがあり本命の金田さんの原画も多数ゲットしました。

ザンボット、ダイターン、ホセフィーナ、そしてキャンディキャンディ・・・

でも、今は押入れの奥にしまってあるだけなのでどなたかファンの方で大切に保管してくれるという方が現れたらお譲りしようと思います、(※3)あれは眠らせるべきものじゃありません、大勢の人目に触れるべきものです。

*   *   *   *   *   *   *   *

一緒に野球をやった時ショート(セカンドっだったか?)を守っていた金田さん、何故かセンターの位置ぐらいまでに下がっていて(笑)みんなが

「金田さん!そこセンター、センター!」

と突っ込むと、

「だって、後ろの方があんまり玉飛んでこないかと思って(笑)」

と言うお言葉。

訃報の何が嫌かって楽しかった思い出を悲しさにすり替えてしまうことです。

本当に、本当にご冥福をお祈りいたします。

*   *   *   *   *   *   *   *

※1=長岡康史 ※2=亀垣一 (敬称略) ※3=すみません、引き取り先を決めてしまいしました。

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コメント

はじめまして。「金田伊功さんの思い出」を読ませて頂きました。私もこの度の訃報に残念な思いでいっぱいです。稀にみる才能の方が今年お亡くなりになる中まさか金田さんまでもとは信じられなく,又悔しくてなりません。金田さんのアニメに出会って25年程、アニメーターにはなれませんでしたが、それでも金田さんの事ばかり追いかけて来たのにもう二度と新作は観られないんですね。ご本人にはイベントの時に何度か拝見させて頂いたのですが、優しそうでユーモアがあり周りの人を引き付ける魅力をもった方だなぁと思っておりましたが、ブログを拝見して一層感じた次第です。やっぱり良い方だったんですね金田さん。
体の心配をせず、天国で小松原さんや村田さん達と楽しいお酒を酌み交わして頂きたいです。

この様な機会でしたがふくださんのブログに来れて良かったです。大切な思い出にふれさせてもらいました。ありがとうございました。お仕事&パパと大変かと思いますがお身体に気をつけてがんばってください。スタジオの方も応援しております。

それでは失礼します。


投稿: ターンAプロ | 2009年7月24日 (金) 00時28分

 ふくだのりゆきさん、はじめまして。

 金田伊功さんの訃報、本当に衝撃でした。

 いっしょにスタジオZ5でお仕事をされていたとのことで、当時の金田さんの思い出を読ませていただいて、われわれファンにはとても貴重な記事です。ありがとうございます。

 ターンAプロさんも書かれていますが、やはり作品だけでなく、とても魅力的な方だったのですね。

>>でも、今は押入れの奥にしまってあるだけなのでどなたかファンの方で大切に保管してくれるという方が現れたらお譲りしようと思います、あれは眠らせるべきものじゃありません、大勢の人目に触れるべきものです。

 この部分を読ませていただいて、もしお願いできるなら、とコメントを書かせていただいてます。

 私、究極映像研究所というBlogをココログで書いています。名前が大げさなのですが、好きなアニメや映画の感想や分析記事を趣味で書いています(本職はしがないサラリーマンエンジニアです)。

 金田さんのアニメートには『ザンボット3』で衝撃を受けてから、ずっと追いかけてきました。
 以下のような金田さんのアニメートに関する記事を書いたりしています。

http://bp.cocolog-nifty.com/bp/2007/08/gaiking_kanada_120b.html

http://bp.cocolog-nifty.com/bp/2007/03/shinka_shita_no_7628.html

 もし可能ならば、金田さんの原画を見せていただいて、何か書かせていただけないかと突然でぶしつけではありますが、お願いする次第です。原画そのものでなくてもコピーでも構いません。Blogで皆さんに紹介できたらと考えます。

 可能なようであれば、改めてメールでご連絡差し上げますので、どうかよろしくお願い致します。

P.S. 初代ガンダム1話のcut-1の原画についても興味深く読ませていただきました。これは金田さんの原画というわけではないのでしょうか。ガンダムでも原画を一部ノンクレジットで書かれたという記事をどこかで読んだことがあり、もしそうであるなら、大変貴重な情報と思いますが、、、。教えていただければ、幸いです。

投稿: BP@究極映像研 | 2009年7月24日 (金) 22時02分

> ターンAプロ さん

コメントありがとうございます。

>天国で小松原さんや村田さん達と楽しいお酒を酌み交わして頂きたいです。

本当にそう思います、小松原さんや村田さんも早くに逝かれてしまいましたよね…。

投稿: ふくだのりゆき | 2009年7月25日 (土) 11時44分

>BP@究極映像研 さん

コメントありがとうございます。

>いっしょにスタジオZ5でお仕事をされていたとのことで、

金田さんはスタジオZ5所属ではなくスタジオNo,1所属で、夕飯の誘いにスタジオZ5に顔を出しに来ていたんです。

スタジオNo,1とスタジオZ5は近所にあり出所がどちらも「スタジオZ」という所から分派した姉妹スタジオのような関係だったのです。

> もし可能ならば、金田さんの原画を見せていただいて、
>何か書かせていただけないかと突然でぶしつけではありますが、
>お願いする次第です。
>原画そのものでなくてもコピーでも構いません。
>Blogで皆さんに紹介できたらと考えます。

大勢の方々に見てもらいたいのは「生原画」なので「金田伊功を送る会」を企画、運営していただいているアニドウのなみきさんにお渡ししようと決めてしまいました、申し訳ありません。

なみきさんはそれらを展示目的で集めておられる方です。
もしかすると「金田伊功を送る会」で展示をお願いできるかもしれないのでこれからコンタクトを取るつもりです。
はれて展示された暁には是非見に来てください。

>これは金田さんの原画というわけではないのでしょうか。

富野さんは「これを描いたのは安彦君だね」と仰っていました。

投稿: ふくだのりゆき | 2009年7月25日 (土) 12時11分

 ふくださん、ご返事、ありがとうございます。

>>大勢の方々に見てもらいたいのは「生原画」なので「金田伊功を送る会」を企画、運営していただいているアニドウのなみきさんにお渡ししようと決めてしまいました、申し訳ありません。

 たしかにそうですね。並木さんから、送る会で皆さんに観ていただいた方が、金田さんも喜ばれますね。
 生原画はBlogで紹介できませんし、配慮が足りずお手間をおかけしてすみませんでした。

 私、遠方で東京まで行けるかわかりませんが、なんとか杉並へ行きたいと思っています。

投稿: BP | 2009年7月25日 (土) 23時15分

初めまして。
金田伊功さんに関するブログ検索を辿ってまいりました。

私も20数年前、80年代のアニメブームや金田さんの作画に憧れた事が切っ掛けで、一度はその業界で動画マンとして働いていた事があります。
私の場合、自分の才能の無さや努力不足、そしてこちらでも話題にあげられている“業界の現実”に打ち勝つ事が出来ずに挫折してしまったクチです。

私が業界に居た2年の間、結局金田さんにはお会いする事は無かったし、仕事で関わる機会にも恵まれませんでしたが(せめて1度でいいから、原画のクリンナップくらいはしたかった!)そうであるが故に、心の隅の方ではずっと、業界に対する“想い”や、金田さんに対しての“心の師”的な感情を秘かに持ち続けていました。

金田さんが旅立たれてしまった事で、およそ20年胸に封じ込めていたものが一気に噴き出したようで、涙が出そうになりましたが、こちらの記事で、金田さんのお人柄が垣間見える一文に触れ、なんだか自分が“思っていた通りの人”だったことが分かり、悲しいと同時に妙に嬉しく思ったりもしました。

金田さん、安らかにおやすみください。
もうそれしか言えないです・・・

最後に、最近の雇用状勢が大きなニュースになる昨今、その業界の現実知る人間には何を今更な気もするのですが、管理人様も御自愛しつつ、動画用紙に夢を描き続けてください。

投稿: yaskazu | 2009年7月28日 (火) 00時56分

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